「邪魔するぜー」
「お邪魔しまぁすネ〜」







カイに会いに来てみると例の部屋には鍵はかかっていなかった。
なので居るのは確実、と勝手に上がり込んだのだが、




「アレ〜?」
「おーいカァイ!いんだろ?返事〜!」


部屋はガランとして、人のいる気配はなかった。
この予想外の展開に当たり前とばかりにマックスは驚く。


「カイ…どうしたのかナ」

マックスがそういうのも、それは当たり前だ。
鍵のかかっていない部屋を空けるなんて無用心なこと、このご時世にはなかなかない。

マックスがそう呟くと、タカオはいよいよ笑いがこらえられなくなった。







(カァイ)

(カァイ)

(出てこいよ!)






マックスには気付かれないよう、タカオはクスクスと三日月を揺らした。
ただ部屋の一角を見つめながら。




























「…っ…」


「カイ…」



壁からは未だザーザーと音が漏れている。
鍵を開けたらスイッチが入る仕組みになっているので、今までも少しの雑音は流れていたのだろう。
それに気付かなかったのは自分の落ち度だ。気のゆるみ、浮かれていたのかもしれない。

(・・・っち)


胸中で舌打ちをする。
あまりにも浅はかだ、こんな失敗を犯すなんてどうかしている。





(俺は)


レイが好きだった。ただ好きだった。
何も言わずそばに居てくれれば、交わりも口付けさえも求めはしなかった。




(木ノ宮…っ)

声からしてタカオとマックスが部屋に来たのは明確だった。
マックスは良い。純粋で優しい彼はきっと何も知らないだろうから。
もし仮にもカイとレイの事を知っていたとしても、レイを奪ったりはしないだろう。
何故なら彼は優しすぎるから。


恐れているのはタカオだった。
カイをレイの監禁へと促したときも、
部屋が出来たときに会った時も、
その次も、
何故はじめに気がつかなかったのだろう。

タカオは、そうだ同じ三日月を揺らしていたではないか!



「カイ…」
レイが、奥の扉を見つめたまま荒い息を繰り返すカイを心配して名前を呼ぶが、
カイの思考は止まれなかった。
空調設備の整った部屋で流れた汗を、レイは切なげに眺めた。




「き…のみや…」

(俺は)

タカオが怖かった。
全てを知っているかのように、全て手のひらの上だと言うように、
三日月を揺らすタカオが恐ろしかった。
レイとの今の関係を与えたのはタカオだ。
だからこそカイはいつでもそれを壊すことのできるタカオをどうにか忘れたかったのだ。


「カ…イ」

「レ…」

レイはカイを見上げていた。
見上げたまま汗と共に流れ落ちた涙を拭っていた。

「なくな」


この関係になってから、カイもレイもよく泣いた。
カイは自覚していなかったようだが今も泣いているらしい。
レイの乾いた手のひらはカイの涙で濡れていった。

頬を撫でるレイの手を捕まえ、摺り寄せる。

(もう)

(この手を失うなど)



二人で泣き顔のまま見つめあうと、カイはもう一度だけレイを抱きしめた。

(失うなど)

部屋にはすすり泣く声と、スピーカーの音が響いた。
二人だけの世界だったはずのそこは、確実に外部に侵食され始めている。
ずっとこのままで居たいなどと言う甘いことは言えなかった。
時間なのだ。
何一つ解決していないそれを、その何かを決断しなくてはいけない。

ふとカイはレイの肩を押さえ、自分から引き離した。




「追い返してくる」


そう言って離れていくカイを慌てて追いかける。

「カ…っいい行くな!」


カイは振り返らない
「良いから…!」

追って走り出す。忘れていたように長い鎖が声をあげた。

「カイ…っ!」

それが足に纏わりついてうまく走れない。











「カイ!」




レイの腕が腹に巻きつけば手に取り付けた鎖はヂャラリと下を向き落ちていった。
それが足にあたり冷たさを知らせる。
反対に、背中はレイの呼気で温くなっていった。

「…れ」

振り向いても顔は見えなかった。
俯いたままレイは息を整える。

「い…くな、お前は、ここに」















ザー…


























「う〜ん、カイいないみたいだネ」



しばらくは辛抱強く探していたのだが、さすがにいないと確信したのか、マックスがそう呟いた。


「ちぇ、まじかよーせっかく来てやったのによー」
「仕方ないネ、カイもきっと何か用事があるんだヨ」
「ふーん…」

若干渋って見せたが、マックスはもう諦めて帰るそぶりをした。
そうなればここに居る理由などもうなく、自然と足は出口へと向かっていた。

「にしても鍵もかけずに不用心だよなー」
「ダネ、じゃあタカオゲーセンいかない?僕まだあれでタカオに勝ってないネ!」
「おっいいじゃん!ぜってー負けねーからな!」


玄関で靴を脱ぐとさすがは若い頭というか、カイが見つからなかったというのは大した問題でなくなっていた。

ただタカオだけは、離れていくマックスの背を見送りながら、
笑っていないその笑顔で



「バイバァイ、カイ」

それだけ言った。









ザザ…


キィー…パタン



ザ…


















しばらくはあの体制のまま止まっていたのだが、ドアの閉まる音でタカオたちが帰ったことを知った。
あとの雑音はテレビの音にまじり、やがて聞こえにくくなって消えていった。
先ほどの番組は終わり、ニュースが始まっていたようだ。
アナウンサーの声はまるで異国語だった。


「…レイ」

レイは呼ばれた方に顔を向ける、しかし同じ方向を向いているため表情はつかめなかった。

久しぶりにカイの声を聞いた気がした。
もうずっと、口など使われていないかのような感覚だった。

そして耳も。









「話がある」