交わりもせず、口づけもせず、
それで良かった。それだけで良くなっていた。





















「カイほら弁当!早く行けよ遅刻するぞ。」

「早く行けって…」

「ほら早く!おかずカイの好きなもの入れたからさ」

レイが満面の笑みで言う


「餃子」
「…レイ」

テレビの中の実況天気予報から蝉の声が聞こえ始めて数日、
カイの学校はもうすぐで夏休みになろうとしていた。
金持ち学校だからか、長期の旅行をする(教師も生徒もだろうか)ため休みが他に比べ少し長いらしい。


だからもう午前授業だけなのだ。レイはそれを知っているから遠まわしに早く帰ってこいと言っているようだ。

「そんなことせずとも道草など食わんぞ」
「はいはい分かったから早く行く。あ、やっぱ行くな、単位落として留年だ」









レイは

よく笑った。
タカオの一件のあと夜遅くまで遊んだ日から、レイは以前より笑うようになっていた。




ヂャラ

そう、あの鎖の音さえ聞こえないかぎり、カイとの関係は監禁以前と同じなのだ。


はぁと息を吐くと以前は言えなかったアレがするりと喉元を通って出ていった。

「行ってくる…」
「ああ行ってらっしゃい」






パタン

ひとりになった部屋は前のように暗くはなかった。
以前のように寝ることで暇を消費することもなくなった。炊事洗濯掃除など、することなら沢山ある。

レイはこの生活を思うほど退屈してはいなかった。むしろ




(楽しい…な)

カイは笑うようになった。吹っ切れたのか、もう前のような今にも死にそうな顔ではない。それが嬉しかった。

(タカオ…)







日のように笑う彼を思い出す。
もう大分前になるか、久しぶりの友人の声に切なくなりはしたものの、あのときレイは冷静でいられた。
「タカオは俺が中国に帰っていると思っている」とレイが信じているせいもあるが、
心配さえかけないならもう良いと思っているのが大半だった。

一時は二度と部屋から出られないのかと恐怖し絶望しそうになったが、
カイさえいればそれで良いと思えるようになっていた。

カイが笑ってくれるなら、
このままでも構わないと。


両腕を持ち上げヂャラリと答えるそれに耳を傾ける。








(別にいいよカイ)



別にいいよお前の物で















昼、寝たときに見た夢では色のない世界でカイが笑っていた。

















もうすぐ夏だからなのか、痛いほど照りつける日差しも軒下では大した暑さにはならなかった。
夏といえば、海や空や氷菓子などから青を思い浮かべるものだが、マックスにはそれは白く映っていた。

(とっても暑そうネ)

白といえば冬の色だが、同じ色なのになぜこうも違うのか。
陽炎の飛び交う校庭で、野球男児が夢の舞台へむけ練習に励んでいた。
ユラユラと揺れるそれは見ているだけでも暑苦しい。よくやるものだとこっそり賛辞を送った。

(今日はお店もお休みダし、久しぶりに寄り道して帰るネ!)

それは可愛らしい顔をしてマックスが微笑むと、心のどこかで望んでいた声が聞こえた。



「お〜いっマックス〜!」

「タカオ!どうしたネ〜部活は?」
「今日はバレー部の1日練習だから自主連なんだよ〜マックスは?」
「僕は今日はお店お休みだカラ寄り道して帰ろうッテ思ってたネ!タカオ遊ぼうヨ!」


マックスは嬉しそうだった。


タカオとマックスは学校と学年こそ同じだが部活やクラスのせいであまり帰りが一緒になることがなかった。
だからマックスはこの貴重な時間をせっかくならタカオと過ごしたいと思ったのだ。

「よっしゃ!何する?ゲーセンか?」
「う〜ン…それも良いんだケド…」
「なんだよ行きたいとこあれば言えって!」

「ソゥ?じゃあ僕ネ〜」

マックスが可愛らしく笑った。
男に使う言葉ではないが、まるで花が咲いたようだった。















「カイの家に行きたいネ!」