「わっ…!」




カイが曲線上にある扉の一つを開けるとそこはもうキッチンになっていた。
どうやらその部屋(というには狭すぎる)の扉と反対側の壁は向こうの部屋につながっていたらしく、
時間的に昨晩用意させたようだった。

「凄いなカイ、冷蔵庫も流し台もオーブンも全部ついてる…」
「…これで満足か?」
「ああ十分だ!ありがとうな」
そう言い、ジャラジャラと鎖を揺らしながら喜ぶレイは、とてもそんな重たいものは付いていないかのように軽やかだった。


愛しい。

背中越しに抱き締めたい衝動に襲われたが、なんとか理性で抑えた。

「…俺は学校に行く、あとはなんでも好きにしろ」
「ああそうか、悪かったな。
…あ、だからさ、今日夕飯作らなくて良いからな、もちろんカイのも」






なんと返せば良いかわからず、そのまま部屋を出ようとした時レイが言った。
「あ、カイ行ってらっしゃい」




「…ああ」


とても振り向ける状態ではなかったのでそれだけ言って部屋を後にした。






バタン











「さて、と」


一人きりになった部屋でレイは今日の暇つぶしを考え出した。

食事も風呂も確保できた今、今まで暇つぶしとして行っていた寝るという行為の理由が無くなってしまったからだ。
寝るのはもちろん好きだ。言ってしまえばそれこそ三食よりも好きかも知れない。
しかししばらくの間、ただひたすら寝るという行為を続けていたせいで、体が鈍っていくのを感じているのだ。
一日でも動かなければそれは鈍るもの、当然の摂理なのかもしれないが、
レイはそれを気持ち悪く感じるほどに体が嫌がるのだ。
だから、暇つぶしとして何か体を動かせることを考えることにした。


「・・・」


カイがレイを閉じ込めてから疾うに1週間は過ぎている。10日、いやもっとか。
日を知る方法なら幾らでもあった。一番簡単なのであれば寝て起きた回数をどこかに記入すればいい。
彼がどうなるかは分からないが、カイに直接聞く手もある。
しかしレイには、そのどちらも、どれもする気はなかった。
細かいことを気にしない性分なので大した問題ではないのだ。


少しずつカイに変化が現れ始めている。

(カイ)
(お前が俺を如何したいのかがやっぱりわからない)

新品のシンクに、先ほどたいらげた食器を持っていく。
鏡のように磨き上げられたそれにレイの顔が写っていた。
蛇口を押し上げると、一気に吐き出された水によって表情は見えなくなる。

(わからないよカイ)

カチャカチャと、これはまた新品のスポンジと洗剤で食器をこする。
ふわりと出来た泡は水に流され、小さなブラックホールに消えていった。
3枚しかない食器は、洗い上げるのにさほど時間をかけさせてはくれなかったけれど。

(でも)
「俺は別に構わないんだ・・」

喉を震わすと、喋らない部屋はそれを異質なものとして孤立させた。
そして無かった物のように消えていく。
レイはそれがまるで自分のようだと思った。
この場所で、カイ以外の人間に知られることなく半一生を終える。
いつまでもこんなことが続くとはレイも思っていない。カイ自身が無意味に気付くか飽きるかするだろう。
彼は一途だから時間はかかるかもしれないが。

タカオやマックスはレイが中国へ帰っていると思っているから彼らの中のレイは薄れる。
しかしライやマオ、中国の皆は日本にいるレイをどこか心の中にとどめておいてくれるだろう。
今までのように。
たとえこの関係が早々に終わろうが終わらまいが、自分の居場所は彼らが守ってくれる。
だったら別に構わないのだ。世間から金李という存在が消えようが、
彼らが自分を思ってくれる限り居場所は消えない。
構わないのだ。レイを思ってくれるカイとともに居られるのなら尚更。

適当なタオルで手を拭くと、新しく出来たキッチンを中心に部屋を見渡した。


(台所つけてくれたんだから無理言ったら洗濯機も付けてくれそうだな、そうしたら)
そうしたらここでカイと二人、十分に生活できるかもしれない。




「・・・構わない」

(お前と二人きりでも構わない)


とりあえず考えていても暇には変わりなかったので、鈍った体を鍛え直すため腹筋から始めることにした。





























(レイは)

(レイは一体なんのつもりなのか)



学校にいる間ずっとそのことばかり考えていた。もちろん学業に身が入ることもなく
(と言ってもいつも授業の内容など聞いていないので大した変わりもない。)
とうとう放課となってしまった。
無駄という表現が一番近い状態ですごしたので、空が赤いことを今更知った。
「・・・もう暮れたのか」



一日中考えていたにも関わらず未だ答えらしい答えは出ていない。
レイはカイを受け入れたように見える。
しかしこれは相手を信じる信じないの問題ではないのだ。カイは一度(いや二度か)レイを傷つけている。
今は普通に接していたとしても何かのきっかけで精神がおかしくなっても仕方がないのだ。
カイはこれ以上レイを傷つけたくはなかった。
肉体的にも精神的にもカイはレイを傷つけた。今もレイは若干弱っている。
それは全て自分の仕業で・・・。


(あいつの)

本当の気持ちがわかったとしても





「…平行を保ったままが一番いいのかもな…」





そんな事を考えていたらいつの間にか部屋に着いていた。

部屋、自宅のではない。
レイのいる、いやレイを閉じ込めた部屋だ。



「はぁ…」

小さく息を吐く。いつもながらにレイにどんな顔で会えばいいかがわからないが、
とりあえずと鍵を差し、部屋に入…












「カぁイ」















背後からのそれにぞわりと背筋が粟立つのを感じた。
ああ、さっき吐いてしまったため息が酷く惜しい。
唐突に息苦しさを感じ、酸素を求めるがうまく呼吸ができない。
やっとのことで振り返り、彼の名を呼ぶことができた。


「…の…みや」


「久しぶりだなぁ…元気?」


相変わらず三日月が揺れる。
タカオの顔はあの日、あの日部屋に来たときとなんら変わりがなかった。
記憶の中の三日月が重なり揺れて、吐き気がする。


「…っ、な、んの用だ」

それだけ言い終えるとどっと疲れを感じた。息切れしそうだ。

「ちぇっ冷てぇなあ、とりあえず中入れろよ〜」


そういいながら勝手に部屋に上がり込むタカオを止められずに、招き入れてしまった。
仕方なしに重い足を引きずりカイも部屋に入った。
ボウと玄関に突っ立っていると、先に入ったタカオが言った。
「おいおい不用心だなあ鍵かけろよー」

「…っ!?」


ハッとして鍵をかける。


怖い



この男が怖い。




「木ノ宮…っ貴様」
「怒んなって、レイに聞かれたくないんだろ?」


「…っくそ…」

















ざざ…ざ…

いつも壁から聞こえてくる音、扉をあける音としめる音。
あの日以来はいつも同じだった。単調で短い音。
だが今日は少し違った。

ざざ…












「え…



タカオ…?」

































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