それから数日は何もなかった。

俺は相変わらず部屋から出すどころか鎖さえ外してもらえなかったしカイが俺を殴ることもなかった。
時間の流れを感じることのできない場所だが確実に時間を感じるものもあった。
カイがつけた俺の傷は徐々に治っていったのだ、それこそほとんどの痣がきえるほどには。

だが自己治癒力だけで治ったわけでもない。







(…まただ)


時計などないこの部屋では空だけが時間を知る手だてなのだが、今は残念ながら夜らしくそれを見分けるのは難しい。
星の位置も都会では把握できないのでレイは夜になるとカイのくる時間(つまりは夕食時)を8時と仮定している。
そして今カイが持ってきた夕食を食べているところなので8時過ぎと言うことになる。
しかしそんなことはどうでも良い、レイが今問題としているのは別のことだった。

(…またあの味がする)

あの味、が出来た日は初めて風呂に入れてもらえた次の日であった。
あの日以来カイはレイを風呂に入れ続けている。
あの日は疲労と安心で不覚にも風呂の中で寝てしまったのだが、次の日の夕飯には今日と同じ味がしたのを覚えている。
その味のする汁物を啜りながらレイは確信していた。

(睡眠薬…)

包帯はいつもレイが知らないうちに変えられていた。
罪悪感があるのか照れくさいだけなのかは分からないが、カイはレイを眠らせてから手当てをするようだった。
気づかれていないと思っているのだろう、白虎族をなめてるなと思いながら例の汁を飲み干した。




「ごちそうさま」
「…ああ」

今までの経験からすると睡魔が襲うまではまだしばらく時間がある。
今のうちに伝えたいことは伝えなくては。


レイには他に、気になっていたことがあった。

「なあカイ」

「…なんだ」

「お前飯持ってきてくれるだろ?あれいつも温かいけど温める場所とかあるのか?」

「…ああ、まあな」

「台所…とか?」

「ああ」

「それってこの部屋につけること出来るか?」

「……」

「あ、いやな、いつも持ってきて貰って悪いから自分で作ったらカイも楽かなって…、一緒に食べたりもしたいし」

「……」

「あっ、でもそれだと買い出しに行って貰うのが面倒か…」



じゃあやっぱり無理なのかとぼそぼそ独り言を言っているとそれをカイが遮った。



「…それは大丈夫だ」

「え」

「いつもと変わらんから大丈夫だと言っている」

「…………もしかして作ってくれてるのか…?」





「…まあな」

「……………」


ぶっ

「あはははは!なんだそうだったのか」

「…何がおかしい」

「っ…だって、すかした面してそれはないだろ?作ってくれてるなんて」

「…お前が気に食わんなら他のに作らせる」


ひとしきり笑ってもまだ笑いが止まらなかったのでクスクス(というほど可愛らしいものではないが)ともらしていたら、
それが気に食わなかったのか拗ねたように言うので慌てて弁解した。


「違う違う!嬉しいんだよ、お前が俺のために何か作ってくれるなんて」

「…。」

「なあカイ、俺もお前に、前みたいに何か作りたい、よ、」


(あ・・・来た)

眠気が襲ってきたのだ。今日は疲れていたのか案外早い。
しかし既に言いたい事は伝えたので大人しく眠気に身をまかせることにした。


「……。」

「なあ頼…む、カ…」









カシャン





すー……













「・・・」

薬が効いて眠ってしまったらしい。
カイはレイの落とした空の食器を机におき、その体を抱き上げた。

ジャララ

レイに取り付けた鎖が思い出したように鳴く。



ベッドに横たえると幾つかある扉の一つから救急箱を取り出し、いつものように手当てを始めた。
顔の腫れも引いたし傷もほとんど完治している。もうそろそろ薬など使わなくても良いだろう。

「レイ…」




さらりとその長い前髪を掻き分けると、穏やかな寝顔がそこにあった。
頬に手をやり、無意識のうちにその額に唇を押し当てる。
そして数秒遅れて、今自分のした事を自覚する。

「・・・っ!!」


(触れて・・・!)




カイは、レイを傷つけたあの日から恋情にまかせて触れることを控えていた。
また傷つけてしまうのを恐れて。



しかし今、口付けてしまった、何の戸惑いも疑いもなく。






「・・・レイ」



さっきの言葉は本当だろうか本心だろうか。
まだ疑ってしまう。いつか、いつか逃げ出してしまうのではないかと。
レイの様子をみるとそんなことはないだろう。
しかし不安だった。自分は、レイに、あいつに、

















(以前のように俺も笑ってもいいのだろうか)

































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