部屋には時計も何もなかったから時間はわからなかった。
夏のせいで夕方まで日は落ちないし、窓のある方向には太陽がない。北向きに作られた部屋だろうか。
さすがに影だけで時間が分かるほど自分は長けていない。


『ザ ・・・ザザ』

なので多分なのだが、学校から帰って来たらしいカイが部屋に来た。
枕もとのスピーカーが少し働いたのに気が付いたが、特に何も聞こえなかったので放っておいた。
長いトンネルのような通路から出てきたカイはやはり制服だ。
ああそうだこいつはまだ若かった。
年齢的には同じだが、俺とは違いカイは若いのだ。



「おかえり」

そう言ったがカイは黙ったままだった。眉をしかめながら俺を見るので、ああそんなに酷い顔だったのかと思った。
悪いな、でもお前がやったんだぞ。痣でも残ったら世の女性が黙ってないぞ。
そうやって茶化したかったが一瞬垣間見えたその顔が不自然に歪んだので何もいえなかった。

頼むからそんな顔しないでくれ。誤解しそうになるから。


仕方なく違う会話をと思い、普段と同じ態度で風呂に入りたいと言ったら腹を蹴られたので、
咳き込みながら、おとなしく床にへばり付いた。少し血も吐いた。
そのままの体制でカイが出て行くのを見ていた。
そのとき一緒に食事の入ったトレイを持って行ったので俺を生かす気はあるのだと思った。
(自惚れだったらどうしよう)



今日、カイはそれっきり部屋には来なかった。





「ー…まだ許してくれないのか」

風呂と言ったのは不正解だったようだ。
こうなってしまった以上以前のような関係に戻るのは不可能と言うのだろうか。

はあーと息を溜め、吐いた。そうすると心臓から肺を伝って何かが出て行った。
しかしそれはすぐに呼気に混じって心臓に戻ってきた。
だからまた息を溜めて吐き出すという行為を繰り返した。

もし、
もしこの部屋に換気扇も空調整備も隙間さえもなくて、俺のため息も止まらなくて
二酸化炭素でいっぱいになって死んでしまったらカイは泣いてくれるのだろうか。
泣いてくれるのだろうか。




カイはなぜ俺を閉じ込めたのだろう。
とりあえず殺すためじゃないことは分かった。
殺したいのならあの、俺が中国へ行くと言った日に首を締め切って殺せたから。
それならば、もしかしてまだ

(俺のこと好きなのかな)


中国へ帰ると言ったあの朝の顔、たぶんずっと忘れられないであろうあの顔。
絶望と呼べるほどの色で俺を見たんだ。
あの顔はどんな気持ちだったのだろう。
きっと俺が思っているよりもっと深い感情だ。きっとまだ苦しいんだ。
だったら殴られたくらいじゃカイの苦しみには相応しないのだろう、俺は素直に納得する事ができた。

汗をかいてなくて良かったと思い、まだ昼だろうがその日は眠ることにした。
睡眠はいい。余計な事を考えずに済むし、体力も消耗しない。
ただ唯一の弱点が体が衰えてしまう事だが、風呂に入れる環境がととのうまでは我慢することにした。
折角の睡眠を寝苦しさに邪魔されたくはない。

顔を洗ってからタオルで顔を拭き、それで床の血も拭った。
適当にベッドの上の鎖を払い、布団の中に入る。
クーラーがゴウゴウと鳴いている。肌触りのいい毛布のおかげで直ぐに眠れそうだった。

夢に泣いていないカイが出ればいいなんて思った。
































(レイは、一体なんのつもりなのか…)


学校など試験の点数さえ良かったら何も言わないので早々に帰って来た。
あんな学校ですら俺には意味がないのが事実だった。
数字だけの世界には馴れ合いがない。昔は忌み嫌っていたそれも、無いとなると必要に思えた。


でも今はそんな事はどうでもいい、レイに会いたかった。



俺を油断させて逃げるつもりなのだろうか、部屋に帰ると風呂に入りたいなどと言った。
いつもと寸分違わぬあの顔で。
寝てくれて居たら良いと思ったのに、レイは起きていて俺に「おかえり」と言った。
思わず返事を返しそうになり、口をつぐんだ。


騙されるか、騙されてたまるか、折角捕まえたのに、二度と離すものか。
レイが俺を、そうだ騙そうと笑ったので思わず腹を蹴った。
咳き込んで床で丸くなる姿を見ていられなくなり、背を向けて部屋を出た。
きっとレイは恨めしそうな目で俺を見たのだろう。
仕方ない事だとは思う、俺は昨夜、そして今日も、俺はあいつに何をした?
まったく自業自得だ。
あれだけ傷つけて俺の元に自ら居てくれるわけが無い。

そう分かって居るはず、なのにレイの笑顔が脳裏から居なくなる事はなかった。

食事は食べてくれたらしく皿は全て空だった。
体力を落とす気がないと言う事なのだろうか、逃げ出す準備でもしているのかと思うと少し憎くなった。
が、次は何を食べたいのだろうと考えるアンバランスさには気付かない振りをした。








次の日食事を置きに部屋に行くと、今度はすでに起きて俺を出迎えた。
髪を梳かしていたのか、長いそれが床に散らばっていた。櫛も買ってこなければ。

俺に気付いたレイはふわりと笑って



「おはよう」


そう言われたので思わず「ああ」と言ってしまった。
そうしたらレイは満足そうに笑った。
そして昨日と同じ顔で声で、風呂に入りたいと言ったのでその日は学校を休んだ。

懐から鍵の束を出し、一番西の戸を開けた。少し内側に作ったそれの中の湯船に湯をはった。
その間にレイの目を布で塞ぎ手錠を取り外し、服を脱がせてからまた手錠をかけて、風呂に入れた。

「逃げないって」



聞こえない振りをした。

風呂に入れても、傷口に沁みるだろうに一言も痛いと言わなかったレイは、
始終俺に話しかけて居たが、全て聞こえない振りをした。
気にしないとでも言うかのように嬉しそうに喋り続けた。


途中で寝てしまったレイを抱き上げ、世話してやると愛しくなって思わず抱き締めた。
レイは俺に抱かれながら眠り続けた。
すうすうと聞こえる寝息が酷く綺麗な物に思えた。


狂ってしまいそうだった。



































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