再び目を覚ましてもやはり景色は変わっていなかった。ただただ白い、白い空間だ。
まだ夢の中にいるような感覚だったが、それでも絶望は傍らにいた。
そのままベッドでしばらくボウとしていると、今まで生を止めていたかのように痛覚が戻ってきた。

「つ…っ」


そこでやっと自分が昨日寝た覚えがないことを思い出した。覚えがあるはずがない。
俺はカイに殴られ気絶したのだ。




一番痛みの酷い左の頬を触ろうとすると、頭上で縛られていたはずの両手が自由なことに気がついた。
相変わらず黒い鉄は四肢を支配したが幾分ましだった。

そして、左頬を触り、泣いた。


ガーゼとテープの感触が左手を伝い脳へと流れる。
身体の痛む部分を段々と触って行くと全て傷口に届く前に布や絆創膏に遮られた。

ああ痛い。酷く痛む。


「…っく」





誰もいないのは分かりきっていたが声を殺して泣いた。嗚咽が何もない部屋を徐々に満たしていった。
しかし最近自分はよく泣く。男としてどうなのかとも思うが、反面仕方ないとも思う。仕方ないんだ だって

「お前なんかキライだ カイ…」









ベッドを抜けだしトイレのそばに備え付けられている水道で、露出している部分だけ顔を洗う。
鏡で見た顔は酷かった。
左頬はガーゼの下からでも腫れているのが分かるし、切れているのかテープが顔の至る所に貼ってあった。
上手とも下手とも言えない手当てに顔がほころぶ。
昨日にはなかったタオルでそれを拭いた。

ベッドに戻るとさっきまでは気がつかなかったが、これも昨日にはなかった机に朝食がのっていた。

(…こんなけじゃ足りないぞ)

などと思いつつ素直に食べることにした。
随分寝過ごしたのか、それともカイが早起きなのか、啜ったスープは冷たかった。






























「…っはあっ、は…」




我に返ると意識を手放してしまったレイがカイの下で死んでいた。
死んでいたというのは比喩であって実際に死んだわけではない。
しかしカイには身動き一つしないレイがあたかも死んだように見えたのだ。



「あ…はぁ…、…れ…?」

肩を揺らして息を調える。

「…れい…?」

カイ自身は随分疲れてしまったのに対してレイはやはり動かない。
気絶してしまったのだから当たり前と言えばそうなのだが、カイにはそれが不可思議で仕方がなかった。

徐々に意識がはっきりとしていく、まるで思考回路に霧がかかっていたかのようだ。

「レイ…っ」



そして完全に霧がはれてしまった。
「レイ…っ!レイ!?」




今まで目の前の存在を散々殴っていた両手でレイを強く揺さぶる。
レイはそれに合わせてブラブラと首を振るが、しかし自身では動かない。
そしてカイは自分のしてしまったことを思い知るのだ。
急に肢体を襲う脱力感。レイに跨がったままうっすら血のついた両手で顔を覆った。



「あ…あぁ…」


憎んだ思いが爆発してしまった。憎くて憎くて仕方がなかったのだ。
他の理由なんてなかった。自分から逃げようとするレイが、憎かったのだ。
自身の下で気を失っているレイを見る。
思考回路が正常になってきているのか、ただ眠っているようにみえた。
あんなことがあった後なのに、なぜか穏やかな顔だ。
腫れ上がった頬をなでると少し身動ぎしたような気がした。

まだ少し混乱していたが、取りあえず手当てをしなければと思い、シャツの胸ポケットから鍵をとりだした。
レイから降り、半円の曲線部分にある戸の一つをあける。
衣類やタオルなどが積んである中から救急箱だけを取り出し、再度鍵をかけた。

ベッドに戻ると、レイが両腕を頭上で縛られていたままだった。心なしか苦しそうに見える。
そうだった、と思い鎖をベッドから外す。
そのためにレイの上に覆いかぶさったとき、眠るような表情にふいに抱き締めたい衝動に襲われた。
しかしベッドから外したレイの両手が視線に入り、それを必死に抑えた。


「そんな資格…ない癖に、な…」

両手は赤く擦り切れていた。手枷をしたまま無理に動かせばそれは擦れてしまう。
分かっているつもりだったが分かってなどいなかった。あまりの頭の悪さが悲しかった。
レイの手を自身の手で包みながら、祈るような姿で目を閉じた。




「レイ…、レイ…」





俺はいつからこんなに傲慢になってしまったのだろう。
まわりの酷さに反発したためレイの優しさに甘えすぎてしまった。
その優しさがあまりに心地よかったため依存しすぎてしまった。
知っているこれはいけない。分かっている依存はいずれ毒だ。


(だが)


すまない、これから先、離す気などない。












祈るように、

祈るように捕まえた。






























11/05