俺を絶望させたいと言うのなら十分落ちた。 だから頼む、俺の望む声を出してくれ。 「…カイ」 部屋に入ってきたのは俺のよく知る人物。俺の好きな人。そして俺を閉じ込めた奴。 カイはドアを閉め、鍵をかけ、(恐らく施錠の音だろう)ゆっくり俺の前に歩んで来たらしい。 らしいというのは暗くてよく見えないからだ。 気配だけをじっと感じた後俺はカイを見上げる素振りをした。 ぼんやりと姿は確認できるがやはり顔は確認できない。 ふと、 ふと何か違和感を感じた。いつもと違う。この状況で何が一緒なものかとも思うが、 決定的な違和感があるのだ。 一体、何 それが何か、そのときは分からなかったが、 考え始めたら長くなりそうだったのでとりあえず今すべきことをすることにした。 カイは、どうして俺を。 「カイ…なんだろ、?」 縋るように、ある意味祈るように問いかけた。 しかし返事はない。床にへたりこんだまま目を向けた先はただただ薄い暗闇に塗れていた。 「なぁ、…っ!?」 気付いた時には爪先はすでに俺の眼前に迫っていた。 咄嗟のことで避けられず顎に鈍く重い衝撃を受ける。 「つう…っ!!」 ヂャララッ 顎から伝わった振動は胴体を動かし思わず後ろに手をついた。 鎖だけが無機質に声をあげる。今ので口の中を切ったのか、あの独特の味がした。 「なっ…にを…!」 二発目はみぞおちに食い込んだ。反動で前のめりになる。そのときさっき感じた違和感の理由がわかった。 (カイが俺を見下しているんだ) 違和感は視線からだったのだ。 あの優しげな眼が俺を、俺を汚いものを見るように捕らえている。 そして唐突に理解した。俺はあの言葉でカイを傷つけてしまったんだ。 別れの言葉がおぞましく力を持っているのは分かっているつもりだったが、脆い、脆い彼を崩すには十分だったようだ。 しかしカイを憎めない自分も相当脆いのだと実感する。 胃に衝撃を受けたことによって何も入ってない腹は胃液だけを押し戻してきた。 じっと吐くまいとたえた。その間、カイは俺を蹴ろうとはしなかった。 何故か胸にぬるいものをみとめながら少し泣いた。 ああ、ここにカイがいる しばらくするとカイは俺の髪をつかみあげた。(抜けたらどうしてくれるんだ) 痛いと喚いたらまた腹を蹴られた。 そしてベッドに荒々しく放り出した後、自分も上に乗り上げた。 俺に跨がり、鎖をまとめてベッドの後ろの金具にとりつけた。 俺は呑気に今からヤるみたいだと思った。 当然この先は暴力だとわかっていても胸が高鳴って仕方がなかった。 「カイ・・・」 その体制のまま見上げてみるが夜のせいで表情は窺えない。 しかし、なぜだかカイが泣いているように感じたので、 いつものように抱き締めようと カシャン 「・・・あ」 枕元でそれが鳴いた。 カイにあげたかった手のひらは無機質な鉄に拒まれ届くことは無かった。 途端悔しさが込み上げる。 (こんなもの・・・っ) こんなものに関係を否定されたようで哀しかった。 カイは、腕を動かした様子を抵抗と勘違いしたのか、 手始めとばかりに俺の右頬を殴った。 「っは・・・っ」 口の中に傷口が増えた。 今までこんな風に触れられたことなど無かったので、 ああこの人は外面的には強い人だったのだと思い出させられた。 何故ならいつだって優しかったから。 優しい、人だから。 それからさらに殴られ、意識がなくなるまで俺が呼んでもカイは一切声を発しなかった。 届かなかった。 もう何もとどかなかった。 「レイ、どこに隠したんだよ」 木ノ宮はあの、酷い顔で言った。急に部屋が泥水に沈んだように思えた。 蛍光灯が照っていても暗かった。白い暗さだ。 暖かみが感じられない生き物を殺す白い暗さだった。 木ノ宮の顔は、あの日レイを監禁へと導いた顔と同じものだった。 紺の髪は糸のようにサラサラと空虚な眼を隠す。しかし反対に視線は一層強くなったようだった。 口は三日月を宿し飲み込んだ喉を突き破る。今の奴は狂気だ。 俺は木ノ宮に恐れを感じた。 「ここに居んだろ?どこだよ」 らしくもなく身体が震える。らしくもなく?否それは自身の思い過ごしだ。 俺はいつだってこいつに、レイに、家の人間に震えていたではないか。怯えていたではないか。 汗が冷えて身体が急激に冷たくなっていくのを感じる。寒くてたまらない。 唇は素直に起動しようとしない。ああなんと従順な! 「…きのみや」 やっとのことで声を出すと奴は嬉しそうにはにかんだ。 怖い。ガタガタと身体が動きだしそうだ。しかし一体何が怖いというのだ。 誰が、誰が?奴が? 「まあ言いたくないんだったら別に良いぜ?勝手に探すだけだし」 あいつが居なくなるのが? 「木ノ宮…っ貴様ァ!」 衝動的に胸倉を掴んでしまったが、これから何をすると言うわけではない。だから衝動的なのだ。 木ノ宮はそれを知っているかのように微動だにせずただ静かに、ニヤリと笑みを浮かべた。 三日月は半月になり、新月へと変わって行く。 「お前、随分惨めだな」 ああ、 それは分かっているんだ 震えた手首は、指は、ドロドロと溶けていった。 木ノ宮はそれきりだった。新月は一言も言葉を発せず、嘲笑を感じさせる哀れんだ目をして帰って行った。 しかし奴が帰っても俺の震えが止まることはなかった。 理由など分かっている。 ストン 木ノ宮が閉めたドアの音は俺を力なく崩れさせた。 (レイ) レイ、レイ (俺を) その柔らかい心臓で、脳で、 (早く) 早く俺を殺してくれ。 |
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